こにし家のあゆみ
おかげさまで、「こにし家」は令和元年6月26日をもちまして創業46周年を迎えました。
日頃お世話になっております皆様、これまでお世話になったすべての方々に、この場をお借りして感謝申し上げます。
当店の前身は、昭和48年に三田駅の南側の新地で、小料理店「一品料理 こにし」として創業いたしました。
当時を振り返ってみますと、決して現在我々が歩んでいるような道を見据えて商いを始めたわけではなく、大小さまざまな失敗や挫折を重ねながら、日々お客様やお取引様からの叱咤激励のお言葉も頂戴し、たいへん多くの皆様に温かく見守られ、育てていただいてきたことが、創業46年の歴史の何よりの支えとなっていると感じております。
今日の「こにし家」を支える礎となった、忘れることのできない分岐点や、当時の私の思いについて、この場を借りて皆様への感謝の気持ちとともにお伝えできればと存じます。少々長文にはなりますが、ぜひ最後までおつき合いいただけますと幸いです。
◆昭和48年
前身の「一品料理 こにし」は、私と母の2人ではじめ、その後、私の結婚を機に、妻と二人三脚で切り盛りをしていくこととなりました。当時の三田は建設ラッシュで活気づいており、地元の旦那衆の皆様にもたいそうご贔屓にしていただきました。まだ若輩者だった私は、人一倍の負けん気と向上心が表に出るような、ずいぶんと背伸びをした料理人だったように思います。ただ、今思えば、日々がむしゃらに目の前のお客様と料理に向き合う大切さを学び・知る、かけがえのない時間であったのだと感じております。
現在まで様々な方とのご縁に支えられてまいりましたが、中でも地元三田の「明石家」という魚屋さんとは、先代社長からの長いお付き合いで、創業当時から明石や淡路の天然ものの旨い魚についてたくさんのことを教えていただきました。魚を通じて、素材の魅力や奥深さを知ることができたのは、今でも私の大切な財産の1つです。
◆昭和51年
創業から3年が過ぎ、まだ当店で旨味調味料を使用していた頃、とあるマージャン屋の女将さんがカウンターでお料理を召し上がりながらポロっと一言、「こにしさんとこの料理は美味しいけど、甘い・辛い・酸っぱいみんなおんなじ味がする」。お客様から初めてそのようなご指摘をいただき、驚きと同時にずいぶんと大きなショックを受けたことを記憶しています。
「味って簡単やな、本当にこれでいいのかな」と、私自身が迷いの中にいた矢先の出来事でしたので、今でも忘れられない一言でした。と同時に、その後「本物の味に対する探究心」に情熱を注ぐきっかけとなった貴重なお言葉でもあったのです。
◆大阪~京都での出会い
本物の味を求め、大阪や京都で評判のお料理屋さんへ出かけては日々勉強を重ねていた頃、とある定食屋さんで、今まで味わったことのない美味しいお茶に出会いました。思わず仕入先を尋ねてみたところ、稲葉先春園というお茶屋さんをご紹介いただくことができました。その後、そのお茶屋さんを訪問した際に「ずいぶん厳しい料理人さんだけれども、大変美味しい」という、稲葉先春園さんの卸先の料理屋さんをご紹介いただくご縁を得ました。そのお店とは、NHKのドラマでも題材として取り上げられたことのある、堂島の名店「入榮」さんだったのです。さっそく伺ったところ、凛とした緊張感のある店内の佇まいと、噂に違わぬ厳しいご主人がそこにいらっしゃったのは、今でも忘れられない記憶の一つです。
筍にも産地によって育て方と土壌が異なり、味わいに違いがある…など、求める美味しさの要素をしっかりと認識された上で、真正面から料理と向き合っていらっしゃるご主人の姿勢に深い感銘を受けました。
▲目板鰈の野菜焼き
入榮さんで出てきた料理のオマージュ。今でも美味しさが忘れられない一品。
素材の味の本質をとらえつつも、お料理の美味しさと、新鮮な味わいを併せ持った一品一品は、絢爛豪華な料亭の旨さとは異なり、どれも魅力溢れる味わいでした。素晴らしさを挙げるときりがありませんが、私にとっては、まさに「雲の上の料理屋さん」。残念なことに大将はお亡くなりになり、お店は閉店されましたが、私が今でも尊敬する料理人さんです。
◆陶芸~器に学ぶ
時を同じくして、三田在住の陶芸家、九代白井半七さんとの出会いがございました。白井さんは吉兆の湯木貞一さんとも親交が深く、日本中の美食を召し上がっていた方でした。そんな白井さんが三田の小料理屋に立ち寄られたわけですから、まだ若輩者だった私は、これまでにない緊張感の中、料理をお出しすることに必死でした。その後も、白井さんはご来店の度に私どもに対してお言葉を投げかけてくださいました。「小西君、この器と料理はあってないよ。」「小西君、朝粥を食べたことがあるか。朝露を踏んで5時に私の家に来なさい。」「デパートの大衆食堂で楽しそうにご飯を食べている家族を見ると、ほんまに羨ましいなぁ。」今思い返しても、どれも私の胸に突き刺さる忘れ難いお言葉でした。
白井さんからは、器についてはもちろんのこと、味に対する厳しさ、茶人の姿勢、その他ここには書ききれないくらいの多くの学びをいただき、感謝の気持ちで一杯です。この出会いをきっかけに「半七さんに喜んでもらえる料理をお出ししたい」という思いを胸に、現在も料理と向き合う日々を送っております。
▲奥:半七さんの絵
手前:半七さんと私の合作の茶碗
工房に遊びに伺った際に、私がひねった器に半七さんが絵付けした私の宝物です。
◆日本酒への思い
昭和50年代中頃、神戸のとある酒屋さんの発行する案内冊子に、当店のことを掲載いただいたときのお話です。その中で「酒の品揃えが少ない」という評価がされていたのを目にし、「このままではあかん、日本酒についてもっと真剣に勉強しなくては」と奮起するきっかけとなりました。その後、「本当にうまい日本酒とはなにか」を求めて、全国のお酒を取り寄せたり、酒蔵を巡ったりという日々が始まったのです。
元来、お酒がめっぽう弱い体質ではありますが、全て味を利いた上で、お米のこと・醸造方法・地域性など、さまざまな角度から探求をはじめました。当時「良い酒とは、アルコール添加をしていない純粋無垢なお酒」という境地には辿り着いていたものの、今思えば旨味が強いお酒に少し偏っていたように思います。昭和61年1月に現在の場所へ移転。塚口のワールドさんという売酒屋さんとのお取引が始まりオーナーの田辺さんのご厚意で『酒の会』というイベントを当店で開催させていただく機会を頂戴し、会を重ねるごとにお酒の奥深さを知ることができました。「旨い酒ならどんなものでも料理にあうだろう」と考えていた当時の私には、とても新鮮で感じる得るところが多く、日本酒の持つ奥深さにどんどん魅了され、現在に至っております。
◆若主人とワイン
その数年後、若主人が10年の修行を経てこにし家に戻ってきました。『酒の会』のメンバーで、ワイン通のお客様から「ワインの会をしよう」と、ご提案いただいたことをきっかけに、ブルゴーニュのグラン・クリュのワインを始め、ボルドーのグランヴァンなどの素晴らしいワインに触れさせていただいたのも、ちょうどこの頃でした。『酒の会』・『ワインの会』をきっかけに、お酒やワインがお好きなお客様が遠方より数多くご来店くださるようになり、その後も素晴らしいご縁につながったことを感謝しております。そして、当店でご提供するお酒やワインの品揃えも、若主人を中心に本格的に見直し始めるきっかけとなっていったのです。
当時は、長い年月を経た高価なワインに合わせるお料理をご提供する、ということで頑張っておりましたが、仕込みをしているとき若主人が、「一生懸命やっているけど、この赤ワインとこの料理がちょっとあってないな…。」と漏らしたのです。そこで、飲んで食べてみたところ、「なるほど…、たしかにちょっとあってない。」若主人の、その一言をきっかけに、その後、お料理との合わせ方、合わせの妙といった細部まで追究するようになり、日本酒の時と同様、ワインについても深く知ることの重要性を実感するきっかけとなりました。当店で開催させていただいた『ワインの会』を通じて、「値段ではなく、料理とワインが合ったらそれ以上のものはない」ということを実感できたことも、我々にとっては貴重な経験となっております。もちろん、特級畑のワインの美味しさは言うまでもありませんが、もっと広い視点で、お料理に合う・お食事の時間を思わず楽しくさせてくれるワインについて考えることを、この『ワインの会』が教えてくれたのです。
▲調理風景
お客さま撮影の一枚。考えのすり合わせは絶えず行っています。
◆さいごに
我ながら、数年前に少しメディアに取り上げていただいた当時の写真や記事を読み返すと、少し古いように感じることがあります。一瞬一瞬を精一杯、器の上の料理に表現し続けてきたことで、こにし家の今があると考えておりますので、当時のどの記事にも、嘘や混じりっ気が無いことは事実です。それでも私が古いと感じてしまうのは、きっと当店がお客様と共に日々進化している証であるということと同時に、「料理とは何か」を日々自身に問いかけ、お客様とご提供するお料理に真摯に向き合う姿勢が、そう感じさせる理由なのではないかと思うのです。
これからのこにし家も、これまで支えていただいたお客様、仕入先様、業者様、生産者様、すべての方々への出会いと感謝を忘れず、料理の楽しさ、味わいの奥深さ、大切な人とのつながり、を心に刻み、今後一層の精進に努めてまいりたく存じます。
今後とも変わらぬご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
こにし家 店主
熹志 侑紀但
料理人のご紹介
主人 熹志 侑紀但
1946年神戸生まれ。
20歳から料理を始め、各地の料亭・割烹で修業し、1973年三田で割烹料理店「こにし」をオープン。1986年現在の場所へ移転し屋号を「こにし家」と改める。
「この度は当店のホームページにアクセスいただきありがとうございます。ざっくばらんな店ですが、今日まで味に対して真剣に向き合ってきました。お茶・お酒・料理に興味関心のある方はぜひどうぞ!」
KISHI UKITADA
若主人 小西 智允
1980年三田生まれ。
18歳から料理を始め、名古屋・京都の料亭・割烹で修業し、2007年から父とともにこにし家を盛り立てる。ワインにも深く興味を持ち、2018年㈳日本ソムリエ協会ソムリエ資格取得。こにし家に新しい感性を注ぐ。
「日本料理は敷居が高いイメージがありますが、もっと若い方にも日本料理の良さを知っていただきたい思いでやっています。」
KONISHI SATOCHIKA
主人の独特の感性とこだわりに、若主人の料亭での経験やワインの知識が加わり、こにし家の料理は今まさに集大成を迎えつつあります。ここでしか、今でしか味わえないものがきっとあると思います。
店内のご案内
カウンター
10席
調理場の様子もご覧いただけるカウンター。
料理やお酒・ワイン談義にも花が咲く、落ち着きのある空間です。
※カウンターは禁煙とさせていただいております。
お座敷
座卓の場合:約16席まで
テーブル・椅子の場合:10席まで
※団体様でのご予約の際は、お気軽にご相談ください。
※お座敷は喫煙していただけます。
結納・法事・会食・同窓会・接待などはもちろん、完全個室ですので、小さなお子様とご一緒にゆっくりお過ごしいただけます。目的に応じて、お部屋のしつらえやお料理などもご用意させていただきますので、お気軽にご相談ください。